金融庁は、令和6年1月25日、損害保険ジャパン株式会社(以下「損保ジャパン」という)及びSOMPOホールディングス株式会社(以下「SOMPOホールディングス」という)に対し、下記のとおり業務改善命令を発出した。
業務改善命令
1.損保ジャパン
保険業法第132条第1項に基づく命令(業務改善命令)
(1)業務の健全かつ適切な運営を確保するため、以下を実施すること
① 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化
② 適切な保険金等支払管理態勢の確立
・ 不正請求を防止するための態勢整備(適正な損害調査を実施するための方策、顧客本位の視点から修理業者の紹介サービス等を実施するための方策、不正請求に係る予兆情報を一元的に管理し必要な対応を図るための態勢整備の検討・実施を含む)
・ 公正かつ的確な審査体制・手続きの確立(詳細な調査が未実施であることにより不適切な不払いとなっている可能性のある事案の検証、検証結果に基づく顧客対応を含む)
③ 実効性のある代理店管理(保険募集管理)態勢の確立(代理店の特性に応じた適正な保険募集を確保するための方策、代理店に対する適切な出向管理の検討・実施を含む)
④ コンプライアンス・顧客保護を徹底するための態勢の確立(不芳情報を適時に把握するとともに、社長を含む経営陣等に適切に報告されるための方策、当局への適正な報告を確保するための方策を含む)
⑤ 営業優先ではなく、コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土の醸成(顧客の利益よりも自社の利益を優先する企業文化の是正策を含む)
⑥ 上記を着実に実行し、定着を図るための経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化
(2)上記(1)に係る業務の改善計画を、令和6年3月15日(金曜日)までに提出し、ただちに実行すること
(3)上記(2)の改善計画について、3か月毎の進捗及び改善状況を翌月15日までに報告すること(初回報告基準日を令和6年5月末とする)
2.SOMPOホールディングス
保険業法第271条の29第1項に基づく命令(業務改善命令)
(1)損保ジャパンの業務の健全かつ適切な運営を確保するため、以下を実施すること
① 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化
② 保険持株会社として、子会社である保険会社の業務の健全かつ適切な運営を確保するための態勢の構築(損保ジャパンの内部統制の十分性・実効性を適時・適切に把握し適切な経営管理を行うための方策を含む)
③ 営業優先ではない、コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土を子会社である保険会社に醸成させるための態勢の構築(顧客の利益よりも自社の利益を優先する企業文化の是正策を含む)
④ 上記を着実に実行し、定着を図るための経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化
(2)上記(1)に係る業務の改善計画を、令和6年3月15日(金曜日)までに提出し、ただちに実行すること
(3)上記(2)の改善計画について、3か月毎の進捗及び改善状況を翌月15日までに報告すること(初回報告基準日を令和6年5月末とする)
処分の理由
1.損保ジャパン
当庁検査及び保険業法第128条第1項に基づく損保ジャパンからの報告の結果、以下の問題が認められた。
(1)問題の所在
① 損保ジャパンとビッグモーターとの関係
株式会社ビッグモーター並びにその子会社である株式会社ビーエムホールディングス及び株式会社ビーエムハナテン(以下、これら3社をあわせて「BM社」という。)は、全国で店舗展開を行っている大手中古車販売業者であり、損保ジャパンを含め複数の損害保険会社から損害保険代理店としての委託を受けて、自動車保険及び自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)の販売を行っていた。
損害保険代理店としてのBM社は、2022年度の取扱保険料が約200億円であったが、そのうち、損保ジャパンの保険料は約120億円、シェアが60.5%であり、BM社の所属保険会社7社のうち、損保ジャパンが最大のシェアを占めていた。損保ジャパンの保険料の内訳をみると、2022年度は、自動車保険は約97億円、自賠責保険は約20億円となっており、足元で自動車保険に係るシェアが減少傾向にあった中、自賠責保険に係るシェアは増加傾向にあった。
また、BM社は、板金・塗装部門を設置し、一部の店舗では自動車修理工場を併設しており、損保ジャパンを含む損害保険会社から、自動車事故の際に事故車両の修理を希望する顧客の紹介(以下、「入庫紹介」という。)を受けていた。BM社では、損害保険会社から入庫紹介を受けることで、同社の修理工場の売上につながるという利点がある一方、損害保険会社側では、BM社に入庫紹介を行うことで、自動車保険の販売促進や、自賠責保険の獲得によるトップライン(保険料収入)の確保などが期待できるといった利点があったと考えられる。
② 不適切な保険金請求事案について
上記①のように損害保険代理店としての事業を含めて、自動車の販売・整備・修理といった一連の自動車関連事業を営むBM社においては、修理車両の車体に損傷を新たに作出して修理範囲を拡大することや、不要な板金作業・部品交換を行うことで保険金を水増し請求するなどの極めて悪質な行為を行っていたことが発覚しており、こうした不正行為に基づく不適切な保険金請求(以下、「不正請求」という。)が、BM社における広範囲の修理工場で、組織的に反復・継続して行われていた実態が認められている。
損保ジャパンをはじめとする損害保険会社各社は、BM社に対する事故車両の入庫紹介を積極的に展開していた中で、当該不正請求が発覚したものであるが、とりわけ、損保ジャパンにおいては、
・ 2015年5月から2023年1月までの間、BM社からの要請を受けて、板金・塗装部門に出向者を派遣していたこと、
・ BM社からの保険金請求に対する損害調査において、同調査の専門職である技術アジャスターの関与を省略する簡易な調査を運用していたこと、
・ 不正請求発覚後、損保ジャパンを含む大手損保3社からBM社に対して事実関係の調査を求めており、同3社では、2022年6月からBM社への入庫紹介を停止していた中、損保ジャパンだけが同年7月に入庫紹介の再開(以下、「入庫再開」という。)という経営判断を行ったこと
など、BM社の不正請求に関連して、損保ジャパンからBM社に対する対応の適切性等に疑念がある事項が認められた。
こうした点を踏まえ、本件不正請求に対する損保ジャパンの対応状況について検証したところ、以下の(2)に記載しているとおり、損保ジャパンの経営管理(ガバナンス)態勢や、3線管理態勢それぞれの内部統制に重大な欠陥があり、BM社に対する管理・けん制態勢が無効化していた実態が認められた。
BM社による不正請求はその悪質性から、損害保険業界全体の信頼をも失墜させかねない極めて重大かつ影響力のある事案であり、損保ジャパンのBM社に対する管理・けん制態勢が無効化していた実態は、BM社に不正行為を惹起させる「土壌」(不正行為等を行い得る「機会」の存在)を生じさせるとともに、結果としてBM社の不正請求を助長し、顧客被害の拡大につながったことを考えると、損保ジャパンのBM社に対する一連の対応には重大な問題が認められると言わざるを得ない。
(2)態勢上の問題
① 個別の問題における態勢上の問題
ア 出向者によるBM社の不正に関する実態報告への対応放置
損保ジャパンは、2015年5月からBM社の板金・塗装部門への出向を開始し、2023年1月までの間に延べ8名の出向者を派遣していた。これらのうち一部の出向者は、BM社において、利益を過度に追求する運営実態等が存在するなど不正請求の背景・リスク予兆となる情報のほか、BM社の全工場の修理費用の見積りを担当している部門が、現場に不要な作業を実施するよう指示している実態など、組織的な不正請求の蓋然性が高いと考えられる事象、不正が確信される事象などについて、損保ジャパンの営業部門や保険金サービス部門に対し、継続的に複数の報告を行っていた。
しかしながら、これらの報告を受けた営業部門や保険金サービス部門は、厳格な指導や調査を実施した場合のBM社の反発や、それに伴う営業成績・収益への影響を懸念して、その対応を放置している実態にあった。また、営業部門や保険金サービス部門をけん制すべき立場にある法務・コンプライアンス部は、こうした不正請求に関する調査態勢を整備していない実態にあった。このように、損保ジャパンはBM社に対して、組織的な対応を講じておらず、結果として、一連の不正請求の検知が遅れ、被害の拡大を招いている。
イ 簡易調査の導入と杜撰な運用
損保ジャパンにおいては、2016年度からの中期経営計画において、コスト削減施策を講じており、全国の保険金サービス部門の損害調査に従事する要員を削減し、コストが低いアソシエイト職の社員に当該業務をシフトしていく施策を実行している。
こうした中、BM社への保険金支払に係る損害調査業務を集中的に担っている東京保険金サービス部におけるコンプライアンスに対する意識レベルの低さや、不正リスクに対する感応度の欠如もあり、損害調査において技術アジャスター以外の社員が主軸となる「簡易調査」の導入後、以下のとおり、社内の適正なルールを大きく逸脱した極めて問題のある運用を行っており、同部の内部統制が崩壊していると評価せざるを得ない実態が認められた。
・ 同部は、BM社の簡易調査について、本来、技術アジャスターの関与が必要な損害調査プロセスにおいて、社内ルールを無視して独断で、当該技術アジャスターの関与をなくし、専門資格を有しないアソシエイト職の社員が全ての損害調査プロセスで確認を行うといった運用に変更している。
・ また、同部は、社内ルールでは簡易調査を導入できない業務品質の不芳なBM社の工場に対しても、こうした手法による調査を導入・継続させている。
・ さらに、簡易調査の導入は、損保ジャパンの標準修理見積とBM社が作成した修理見積の差異を検証し、乖離率が一定以下であることを条件としており、簡易調査導入後も定期的な乖離率の検証を通じてモニタリングを行い、一定程度乖離が続けば簡易調査の中止を検討することとしているが、同部は、こうした社内ルールを無視して独断で、チェック項目に基づき簡易に判断するといった、不正が検知しづらい手法に変更している。
また、こうした第1線の各保険金サービス部の問題を把握・是正させる役割を担っている保険金サービス企画部は、こうした東京保険金サービス部の実態を全く把握しておらず、社内ルールの運用状況やその実効性、適切性等を定期的に把握・評価する仕組みを整備していないなど、機能不全に陥っている実態が認められた。
ウ 入庫再開に関する経営判断
社長を含む経営陣等は、BM社への入庫再開の決定等について、BM社においては不正請求が行われている蓋然性が高いとの認識を有しながら、顧客保護やコンプライアンスを軽視し、自社の営業成績・利益を優先させ、十分な事実関係を追及せず、曖昧な事実認識の下、十分な議論を行わないまま入庫再開を拙速に決定している。
社長がこうした不適切な経営判断を行った原因として、社長就任から間もない中、社長の評価基準であるボトムライン(利益)が大きく落ち込む見込みとなっていた状況下で、トップライン(保険料収入)を確保したいとの意識や、他の損害保険会社にBM社という大口取引先を奪われてしまうことを危惧し焦燥感を抱いたこと、親会社であるSOMPOホールディングスからの強いプレッシャーを感じていたことなどが挙げられる。
また、当時の社長以外の役員や部長等は、入庫再開を決定した役員協議において、真偽が不明な情報を含む他社動向を大半の時間をかけて説明し、BM社において利益至上主義や過度に厳格な人事制度を運用している点など、組織的不正の発生につながり得る同社の企業文化を認識しながら説明を怠っている。その上で、こうした役員協議の状況下で判断した社長の入庫再開方針に対して、リスクを過小評価したことなどから、社長の決定に反対意見を述べることなく当該決定を受け入れている。
さらに、役員協議への出席者として、法務・コンプライアンス部担当役員等が出席しておらず、透明性及び客観性が確保されていない非公式の役員協議で重要な業務執行に関する意思決定を行っているなど、これらの意思決定のプロセスを鑑みると、損保ジャパンの経営管理(ガバナンス)は、機能不全の実態にあると認められる。
加えて、保険金サービス企画部、東京保険金サービス部及びモーターチャネル営業部は、2022年1月にBM社による不正請求に関する情報を入手してから、同年5月に社長より報告を求められるまで、社長や経営会議等に対し本件を一切報告しておらず、損保ジャパンが不正請求に関する情報を把握してから実に4か月の間、重要な情報を社長へ適時・適切に報告していない実態が認められた。法務・コンプライアンス部においても、同年1月にBM社による不正請求に関する情報を入手してから、BM社のような整備工場で発生する不正請求疑義事案については、仮に不正請求であったとしても保険募集人ではない工員の事務ミスであり、不祥事件には当たらないという極めて甘いリスク認識により、不正請求に関する疑義事案の調査態勢等を整備しておらず、このような認識の下、第2線としての機能を全く発揮していない。
特に、BM社に対する入庫再開の意思決定において、役員協議に招集されなかった法務・コンプライアンス部は、協議内容について事後報告を受けているが、不正請求に係るBM社の自主調査結果の改ざんがあった事実を認識しているにもかかわらず、結果的に不祥事件に該当しなければ、経営陣への意見具申など、けん制機能を発揮することは不要であるとのコンプライアンス部門としては極めて不適切な判断を行っている。
また、損保ジャパンは、入庫再開の決定がSOMPOグループ全体に顧客保護の観点からの批判、ひいては風評リスク等の観点から重大な影響を与える可能性があるといった想像力を欠き、リスク認識の欠落により問題を矮小化する意識から、入庫再開に関する報道のあった2022年8月29日に至るまで、親会社であるSOMPOホールディングスに対し、入庫再開の経緯等について一切報告を行っていないほか、同年8月31日に開催された定例ミーティングにおいても、SOMPOホールディングス経営陣へ入庫再開の経緯等について説明しているものの、自主調査結果の改ざんの事実を秘匿して報告するなど、適時・適切な報告を行っていない。
エ 当庁に対する重要事項の未報告
調査部は、BM社に対する入庫再開等に関して、2022年7月に当庁に対して任意の報告を行っているが、社長の決定方針に反することを躊躇する自己保身の姿勢や、後ろめたい情報として触れないで済むならそれに越したことはないとの共通認識が経営陣において形成されているとの認識から、不正請求に関する自主調査結果がBM社により改ざんされたといった組織的な不正等の存在を強く伺わせる重要な事実関係について、意図的に報告しなかった。
また、社長等の経営陣は、当庁に対する報告の重要性や意義を軽視し、同報告内容について、何ら議論することなく承認しているなど、経営陣としての資質を問われかねない行動を取っていた。
オ BM社を優遇した保険金支払等
営業部門の成績を過度に重視する意識・行動等が保険金サービス部門に伝播することが、BM社等損保ジャパンの収益上重要な顧客に対しては、営業成績確保のための不適切な保険金支払処理につながる可能性があるにもかかわらず、こうしたリスクへの対処や支払の適切性を確保する取組みを、営業企画部及び保険金サービス企画部は行っていない。
こうした中、東京保険金サービス部においては、BM社を保険契約者とする保険契約(自動車管理者賠償責任保険)の保険金請求に対して、厳格な調査を行わないまま支払いを行っているなど、同社を優遇した取扱いを行っていると言わざるを得ない実態が認められた。また、保険金サービス企画部及び法務・コンプライアンス部は、保険金等の支払いに関する事後検証において、主に支払漏れなどの検知・防止を目的とするにとどまり、不正請求に基づく支払いや、不適切な不払いの検知・防止といった観点を検証の対象としていない。
なお、BM社以外との自動車管理者賠償責任保険契約を検証したところ、一部に免責又は無責扱いとした保険金請求事案があるが、保険金サービス企画部は、詳細な調査を実施しないまま初動の段階で免責・無責として事案がクローズされているなど、不適切な不払いとなっている可能性のある事案について検証を行わず、放置している実態が認められる。
カ 保険代理店管理
損害保険代理店であるBM社については、当庁が実施した立入検査において、適正な保険募集を確保するための体制整備義務を経営陣が放棄し、保険業法に照らして不適切な事例が多数認められたことなどから、2023年11月、関東財務局から、保険代理店の処分としては最も重い「登録取り消し」の行政処分を受けた。
BM社については、損保ジャパンが最大のシェアを占める損害保険代理店であったことから、代理店手数料の支払いにあたっては、販売店舗数や収入保険料の要件を踏まえ、獲得可能なポイントの上限値が他の販売チャネルよりも高いディーラーに準じる代理店として取り扱っており、規模・増収の状況を中心的な判定要素として、同社への代理店手数料を算定していた。
こうした中、損害保険代理店としてのBM社に対する、損保ジャパンの代理店管理態勢について検証したところ、モーターチャネル営業部及び法務・コンプライアンス部は、保険業法に抵触する蓋然性が高い以下の不適切募集の疑義案件について、調査等の対応を放棄しており、極めて杜撰な管理を行っている実態が認められた。
・ 損保ジャパンがBM社に提供している保険募集システムにおいて、極めて短時間に契約締結手続き等を行ったことが記録されている契約については、重要事項を十分に説明していない可能性があるなど不適切募集の疑いがあるため、当該契約を取り扱った保険募集人に対して、取扱経緯等を調査するようBM社に提案し、同社では2022年8月から取組みを開始したとしていた。
しかしながら、モーターチャネル営業部は、同部の営業成績におけるBM社のシェアが高く、営業目標の達成を優先したことから、当該取組みの実施状況や不適切募集の疑いのある契約に関する報告の要請をBM社に対して行っておらず、これらの取組みの実態を把握していない。また、法務・コンプライアンス部はモーターチャネル営業部のこうした実態を放置しており、同部に対するモニタリング機能を果たしていない。こうした中、以下に記載したとおり、BM社において重要事項説明を網羅的に行っていない事例が認められた。
しかしながら、モーターチャネル営業部は、同部の営業成績におけるBM社のシェアが高く、営業目標の達成を優先したことから、当該取組みの実施状況や不適切募集の疑いのある契約に関する報告の要請をBM社に対して行っておらず、これらの取組みの実態を把握していない。また、法務・コンプライアンス部はモーターチャネル営業部のこうした実態を放置しており、同部に対するモニタリング機能を果たしていない。こうした中、以下に記載したとおり、BM社において重要事項説明を網羅的に行っていない事例が認められた。
・ 損保ジャパンの自動車保険に加入した契約者の携帯電話番号にBM社からSMSアンケートを自動発信し、契約手続きの際に不適切な行為が行われていないか、契約者からの申出や意見を収集するようBM社に提案し、BM社では2022年11月から取組みを開始したとしていた。
しかしながら、モーターチャネル営業部は、当該取組みの実施状況等に係る報告要請をBM社に対して行っていない。また、法務・コンプライアンス部は、こうした実態を放置しており、同部に対するモニタリング機能を果たしていない。こうした中、SMSアンケートの回答を確認したところ、契約者の代わりに募集人が申込みのボタンを押しているケースなど、成績仮装契約が疑われる事例が複数認められた。
しかしながら、モーターチャネル営業部は、当該取組みの実施状況等に係る報告要請をBM社に対して行っていない。また、法務・コンプライアンス部は、こうした実態を放置しており、同部に対するモニタリング機能を果たしていない。こうした中、SMSアンケートの回答を確認したところ、契約者の代わりに募集人が申込みのボタンを押しているケースなど、成績仮装契約が疑われる事例が複数認められた。
加えて、BM社においては、以下の不適切な保険募集の事例が認められているが、モーターチャネル営業部及び法務・コンプライアンス部は、今回の当庁検査に至るまで、BM社を代理店とする契約に係るこうした不適切事例を把握していない実態が認められた。
(BM社で認められた不適切な保険募集)
・ 保険募集システムにおいて、極めて短時間に契約締結手続き等を行ったことが記録されている契約148件を抽出して確認したところ、122件について、募集人が網羅的な重要事項の説明を行っていない実態が認められたほか、実地調査において重要事項説明書を交付していない募集人等も認められるなど、保険業法第300条第1項第1号に反する募集行為が常態化している蓋然性が高い。
・ 他社からBM社で販売する保険に乗り換えた契約を担当した募集人1,079人に確認したところ、延べ9名の募集人において、保険加入を条件に車両価格を値引くなど、保険業法第300条第1項第5号で禁止する特別利益の提供を行っている旨の回答等が認められた。
・ BM社に対する立入検査において、経営陣より、募集人や下請業者に同社で保険加入させるよう指示等が行われている実態が判明したことを踏まえ、募集人の保険契約88件を抽出し確認したところ、店長等から圧力を受け加入させられたなど、不適切な募集行為が行われていた契約14件が認められた。また、下請業者の保険契約149件を抽出し同社に確認を求めたところ、121件について圧力による保険加入と判断されるなど、下請業者に対しても不適切な募集行為が行われていたと認められた。
② 3線管理態勢の機能不全
営業部門や保険金サービス部門等においては、上記①における各個別の問題のとおり、第1線として求められる機能を全く発揮していない。
法務・コンプライアンス部は、BM社のような板金・塗装部門の自動車修理工場で発生する不正請求疑義事案については、仮に不正請求であったとしても保険募集人ではない工員の事務ミスであり、不祥事件には当たらないという極めて甘いリスク認識により、不正請求に関する疑義事案の調査態勢等を整備しておらず(①ア、ウを再掲)、このような認識の下、上記①に記載した各個別の問題において、第1線でどのようなことを行っているか把握していない、または把握していても適切な対応を講じていないなど、第2線としての機能を全く発揮していない。
特に、BM社に対する入庫再開の意思決定において、役員協議に招集されなかった法務・コンプライアンス部は、協議内容について事後報告を受けているが、自主調査結果の改ざんがあった事実を認識しているにもかかわらず、結果的に不祥事件に該当しなければ、経営陣への意見具申など、けん制機能を発揮することは不要であるとのコンプライアンス部門としては極めて不適切な判断を行っている(①ウを再掲)。
内部監査部は、本来、営業部門やコンプライアンス部門などから独立した立場で、コンプライアンス・リスクに関する管理態勢について検証し、管理態勢の構築やその運用に不備があれば、経営陣に対し指摘して是正を求めることなどが求められる。しかしながら、同部によるリスク評価において、不正請求リスクを適時・適切に評価しておらず、保険金サービス部門等への監査において、今回の当庁検査で認められた多数の内部統制上の問題を検知・是正できていないなど、第3線としての機能を果たせていない。
2.SOMPOホールディングス
当庁検査の結果、以下の問題が認められた。
保険持株会社及びその経営陣は、法令等遵守をグループ経営上の重要課題の一つとして位置付け、率先してグループ内会社の法令等遵守態勢の構築に取り組み、把握された情報を業務の改善及びグループ内の法令等遵守態勢の整備に活用することなどが求められている。
上記1.のとおり、損保ジャパンにおいて、BM社に対する一連の対応に関連した重大な問題が認められたため、SOMPOホールディングスの子会社経営管理態勢の十分性等について検証を行った結果、以下の(1)及び(2)のとおり、SOMPOホールディングス及びその経営陣は、損保ジャパンの内部統制の実効性に着目した深度あるモニタリング態勢を整備しておらず、BM社の問題を認識した後も、同社に関する踏み込んだ実態把握や情報分析を行っていないなど、能動的なアクションが不足しており、損保ジャパンに対する経営管理が十分に機能していない実態が認められる。
具体的には、SOMPOホールディングスの方針として、「事業オーナー制」を通じて、子会社自身による内部統制の整備及びその実効性の確保を前提としている中、特に、グループの経営に重大な影響を及ぼす可能性のある問題やコンプライアンスに関する事項を担当するSOMPOホールディングス・リスク管理部等や、グループ各社の経営諸活動にかかる内部統制の適切性等を検証するSOMPOホールディングス・内部監査部は、その機能を発揮していない。
これは、損保ジャパンが、当社と比べて、損害保険事業に精通し重厚な管理体制を有しているとSOMPOホールディングス・リスク管理部等、さらに経営陣が過信していたことや、SOMPOホールディングス・リスク管理部等が当該意識を背景とした潜在的な遠慮意識を有していたことにより、損保ジャパンに対するけん制が総じて十分ではない状況に陥っていたことが原因と認められる。
また、BM社の問題に関するSOMPOホールディングスへの報告に際して、適時な報告が行われていないのみならず、重要な情報が秘匿されている実態を見ても明らかなように、損保ジャパンにおいては、特に不芳情報が適時・適切に報告されない企業文化・風土が存在しているが、SOMPOホールディングスは、当社自身の企業文化等が子会社の企業文化に与えている影響等を含めて、その原因について認識・確認しておらず、適切な企業文化等の醸成に向けた取組みを十分に行っていない点も問題を拡大させた原因の一つと認められる。
さらに、今回の一連のBM社の問題を認識した後も、SOMPOホールディングスにおいては、個別の保険代理店に対する施策・対応に関するものであるとの認識が強く、適切な情報が報告されていなかったことも相まって、顧客被害や経営に重大な影響を及ぼす問題に発展するといったリスク認識・発想力が欠如していたと認められる。
(1)子会社の重要施策等に関する内部統制等のモニタリング態勢
今回の損保ジャパンに対する当庁検査においては、多数の内部統制上の問題が認められるが、SOMPOホールディングス及びその経営陣は、損保ジャパンの内部統制の実効性に着目した深度あるモニタリング等を行う態勢を十分に整備しておらず、こうした実態を把握していないなど、損保ジャパンの内部統制の実効性について適切に評価していない。
特に、上記1.(2)に記載した、簡易調査の運用の背景にある保険金サービス部門のコスト削減施策に関し、損保ジャパンの経営会議等が顧客視点を欠いた施策管理等に終始している問題や、同社の3線管理態勢が機能不全の実態にあるなど、内部統制に重大な欠陥が認められる問題について、SOMPOホールディングス・リスク管理部等、さらに経営陣は、SOMPOホールディングスと比して重厚な管理体制を有する損保ジャパンの内部統制の実効性に関する過信により、また、SOMPOホールディングス・リスク管理部等は潜在的な遠慮意識により、能動的かつ深度あるモニタリング等を行っていないため、こうした実態を把握していない。
加えて、SOMPOホールディングス・内部監査部は、リスク評価において、国内損害保険事業の固有リスクについて、「管理態勢の不備や周知不足等により、重大な事故や法令・規制違反等が発生して、行政処分を受けるまたはSOMPOグループの評判・信用が低下するリスク」といった、広範かつ具体性のないリスクを洗い出すにとどまり、損保ジャパンの内部統制についても明確な根拠のないまま評価を行っているため、今回の損保ジャパンにおける経営管理(ガバナンス)や内部統制上の一連の問題に関して、実態に即した適切な評価を行っていない。このため、同部による損保ジャパンに対する監査は、2019年度以降、統合的リスク管理(ERM)などをテーマとして監査を実施してきたものの、不正請求に関する内部統制について監査しておらず、オフサイトモニタリングを含めて、今回の問題を検知できていない。
(2)BM社の一連の問題に関する情報連携・報告態勢
SOMPOホールディングス経営陣は、BM社の不正請求の問題について、2022年8月31日に開催した損保ジャパンとの定例ミーティングにおいて、入庫再開に関する報道に関して、同社から、入庫再開の判断経緯等の報告を受けており、当該報告によりBM社の問題を認識したとしている。
当該報告において、同社経営陣は、内部通報者の翻意により協力が得られなくなったこと、作業ミスが原因であること、再発防止策の内容などに関する報告を受けているが、この報告の際、損保ジャパンは、自主調査結果の改ざんの事実を秘匿し根拠もなくBM社の組織性を否定しているほか、報道については他社のリークによりバイアスのかかった記事であるなどとして、問題を矮小化した報告を行っており、SOMPOホールディングスに対し重要事項等を適時・適切に報告していなかった。
しかしながら、同社経営陣は、当該報告を受け、BM社の「社内風土に問題があれば組織的関与がないとは言い切れない」「追加調査で組織的関与が証明されるような事態が最悪であり、当局に間違った報告をしたことになる」などを同ミーティングで発言するにとどまり、当該報告内容が報道された内容と大きな乖離があるにもかかわらず、SOMPOホールディングスとして、例えば、BM社に関する情報、社内外からの情報の収集などの踏み込んだ実態把握・情報分析を行っていないほか、当該発言に関するフォローも行っていないなど、子会社管理の能動的なアクションが不足している実態にある。
また、本件は結果的にSOMPOグループ全体の信用をも棄損する重大な問題に発展している中、SOMPOホールディングスは、損保ジャパンからの初報が、内部通報を受けてから半年以上も経過してからの報告であるなど、適時・適切に情報が報告されていない実態に関して、その原因や事実関係の追及を行っておらず、子会社からの報告・情報連携に関する仕組みの見直しを行っていない。
3.当庁が考える真因及び今後の対応の必要性
当庁としては、上記1.及び2.で記載した問題の真因は、以下のとおりであると考えている。
(1)SOMPOホールディングスによる適切な企業文化の醸成に向けた取組みが不十分である中、損保ジャパンにおいては、次のような企業文化が、歴代社長を含む経営陣の下で醸成されてきたこと
① 顧客の利益より、自社の営業成績・利益に価値を置く企業文化
② 社長等の上司の決定には異議を唱えない上意下達の企業文化
③ 不芳情報が、経営陣や親会社といった経営管理の責務を担う者に対して適時・適切に報告されない企業文化
(2)損保ジャパン及びSOMPOホールディングスにおいては、リスクを的確に捕捉及び把握し、リスクが顕在化した際に適切に対応できる態勢が経営陣の下で適切に構築されておらず、次のとおり、けん制機能・監査機能が有効に機能していなかったこと
① 損保ジャパンにおいては、第1線による自律的管理が機能していない中、リスクを能動的に把握してけん制を働かせるべき、コンプライアンス部門(第2線)及び内部監査部門(第3線)が実態的に機能不全に陥っていたこと
② SOMPOホールディングスにおいては、損保ジャパンに対するモニタリング機能や監査機能が適切に発揮されていなかったこと
(3)損保ジャパンにおいては、損害保険代理店と自動車修理工場を兼業するモーターチャネルにおける兼業代理店の特性や、それを踏まえた同チャネルでのビジネスモデル・経営戦略の下で生じるコンプライアンス・リスクに関する認識が極めて甘く、経営陣はこうしたリスクに対する検討をしておらず、代理店管理や保険金等支払などの損害保険会社の基本的業務において、必要な措置が講じられていなかったこと
上記を踏まえると、損保ジャパン及びSOMPOホールディングスの自主的な取組みに委ねるだけでは抜本的な解決にならない可能性があり、両社の確実な業務改善計画の実施及び定着を図っていくためには当局の関与が必要と判断した。
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