令和の時代になぜExcel?保険代理店を追い詰める「自己点検シート」の不都合な真実

保険屋さんのひとりごと

~きっかけになった不祥事と、しわ寄せを受ける現場のズレ~

保険代理店を取り巻く環境が、大きく変わっています。

顧客本位の業務運営、コンプライアンス、適切な募集管理、自己点検。

保険という商品を扱っている以上、自分たちの仕事をきちんと振り返ることは必要です。

そのことに反対する代理店は、そう多くないでしょう。

問題なのは、今回の制度がなぜ作られ、誰が設計し、その負担を誰が背負っているのかということです。

今回の制度の「きっかけ」は、マニュアルにはっきり書かれている

日本損害保険協会が運営する「代理店業務品質評価制度」。その運営主体は、保険会社や代理店と利害関係のない第三者(弁護士、学識経験者、消費生活アドバイザーなど)で構成される「代理店業務品質評議会」です。実務上は、この評議会が定めた自己点検チェックシートが、各保険会社を通じて、現場の営業社員から代理店へと配布・案内される、という流れになっています。

そして、この制度の運営の手引きとなる資料には、制度が作られた背景として、車両修理をめぐる保険金の不正請求問題や、大手損保会社による保険料調整行為が、はっきりと直接のきっかけとして挙げられています。

つまり、今回の自己点検は、突然思いついた制度ではありません。業界で起きた具体的な不祥事を受けて、「代理店の業務品質をもっと確認しなければならない」という流れから作られたものです。

ここまでは理解できます。不正が起きた以上、再発防止策を考えるのは当然です。

しかし、ここで一つ、現場として強い違和感を覚える点があります。

マニュアルに明記されているそのきっかけに、全国の一般代理店がどれだけ関係していたのでしょうか。

巨大事業者の問題と、地域の専業代理店は同じなのか

マニュアルが直接のきっかけとして名指ししている問題は、大きく分けて二つの性質があります。

一つは、車両修理現場での保険金不正請求問題です。ビッグモーターは実際に保険会社から代理店委託契約を解除されていますが、それ以外にも、ネクステージ、トヨタモビリティ東京、グッドスピードといった大手自動車販売・整備事業者が、この問題をめぐって行政処分を受けています。

もう一つは、複数の大手損害保険会社自身による保険料調整行為です。これは代理店ではなく、保険会社側が引き起こした問題です。

つまり、この制度のきっかけになった不祥事は、大手自動車販売・整備事業者による不正請求と、大手損保会社自身によるカルテル行為という、二つとも「巨大事業者」が当事者の問題です。どちらも、地域で何十年も個人や家族で保険を扱ってきた専業代理店とは、性質も規模もまったく異なります。

全国には、地域のお客様を相手に、地道に仕事をしてきた小さな代理店が数多くあります。一人で営業している代理店。夫婦で経営している代理店。親から事業を引き継いだ代理店。「何かあったら、まずあなたに電話する」と言われながら仕事をしてきた代理店です。

こうした代理店の大多数は、車両修理の不正請求にも、保険料調整問題にも、直接の関わりはありません。にもかかわらず、マニュアルにきっかけとして明記された不祥事の再発防止策として、全国の代理店に一律に巨大な自己点検シートが送り付けられる。

ここに、現場の強い違和感があります。

「悪いことをした人」ではなく「真面目にやってきた人」まで

もちろん、「自分は悪いことをしていないから、点検なんて必要ない」という話ではありません。どんな代理店でも、自分たちの仕事を振り返る必要はあります。

しかし、不祥事を起こした大手事業者と、何十年も真面目に仕事をしてきた地域の専業代理店を、まったく同じ負担で一律に管理する必要があるのでしょうか。

しかも届いたのは、誰でも簡単に答えられるアンケートではありません。40問を超える設問。難しい言葉。細かな回答。そして、プルダウンなどを使った巨大なExcelファイル。これを一つ一つ読みながら、自分の代理店の実務に当てはめて回答し、さらに自らの代理店で実際に使っている確認資料まで記載していく。現場の感覚では、これに数日かかる代理店も珍しくありません。何も悪いことをしていない代理店が、です。

とりわけ、自動車販売店を兼業する代理店や、高齢の代理店主にとっては、設問に並ぶ言葉自体が雲をつかむようなものであり、内容を理解して回答し、確認資料まで整えて提出するという手順は、そもそも初めて経験する類のものです。

そのExcelを、保険会社が確認する。営業社員も板挟みになる

代理店が数日かけて作った自己点検シートは、提出して終わりではありません。今度は保険会社の営業社員が確認します。一件ずつ回答を見て、記載内容を確認し、必要があれば代理店に問い合わせ、代理店がまた回答し、その回答を保険会社が再び確認する。これを全国の代理店で行います。

現場の肌感覚で見積もっても、この確認・フォロー作業だけで、保険会社側には数週間規模の工数がかかっているのではないかと思われます。代理店も時間を使う。保険会社の営業社員も時間を使う。その間、本来なら顧客対応に使えたはずの時間が失われていきます。

さらに厄介なのは、この制度によって現場の人間関係にも軋みが生じかねないことです。分からない代理店が担当社員に質問しても、簡単には教えてもらえない、という声を複数の代理店から聞きました。

ただし、これは営業社員個人の姿勢の問題ではありません。近年、保険会社は代理店の手数料ポイントの評価と自己点検の結果を連動させる傾向を強めており、社員が代理店からの質問を受け付けにくい構造になっています。加えて、今回の自己点検はマニュアル上、第一段階を代理店自身の判断で進めることが明示されています。その結果、難解な設問の解説すらできず、営業社員の側も「教えたいのに教えられない」というもどかしさを抱えている、というのが実態に近いはずです。

つまりこれは、特定の担当者が不親切なのではなく、手数料連動の評価制度と、自己点検マニュアルの設計そのものが、現場の対話を封じているという構造の問題です。制度が現場の信頼関係まで壊しかねないとすれば、業務品質を高めるための取り組みとして、本末転倒です。

「自己点検」なのに、現場を孤立させてどうするのか

自己点検なのだから、代理店自身が考える。それは分かります。しかし、分からない人を孤立させることと、自分で考えさせることは違います。

「この質問は、簡単に言えばこういう意味です」「こういう場合はこちらです」「ここが分からなければ相談してください」という仕組みがあってもいいはずです。それなら代理店自身が考えたうえで回答できます。

ところが実際には、「自分でやってください。ただし、こちらからはあまり手伝えません」という状況になっている。これでは、現場は困るばかりです。

この制度が積み重なった先に何が残るのか

こうした制度が積み重なれば、結果として、Excelが苦手、新しいシステムが苦手、難しい文章を読むのが苦手、書類を作るのが苦手といった小規模な代理店から、「もう無理だ」と離脱していく可能性は十分にあります。

それが意図されたものなのか、単なる副作用なのかは分かりません。もちろん、これからの代理店に一定の管理能力が必要なことは理解しています。しかし、もし本当に「これについてこられない代理店は、これからの業界には必要ない」という考え方があるのなら、それを正面から説明してほしい。それなら、それで一つの政策です。

しかし、「代理店の品質向上です」と言いながら、実際には小規模代理店が続けにくくなるような仕組みだけが積み重なっていく。少なくとも、それだけでは現場は納得できません。

本当に必要なのは、一律の重い作業なのか

保険代理店の中には、確かに問題のある代理店もあるでしょう。だからこそ、問題のある代理店をきちんと見つけることは必要です。

しかし、マニュアルが明記するきっかけそのものが、大手自動車販売・整備事業者や大手損保会社という「巨大事業者」の問題である以上、全国の代理店に一律の重い作業を課す方法が、本当に一番合理的なのでしょうか。例えば、

  • 問題がある可能性の高い代理店を重点的に確認する
  • 前年から変わった部分を中心に点検する
  • Webフォームで簡単に回答できるようにする
  • 難しい言葉を使わず、平易な日本語で質問する
  • 分からない代理店が相談できる、手数料評価から独立した窓口を用意する
  • 回答を自動集計する

こうした方法はいくらでもあります。問題のある事業者を見つけることと、直接の関わりが薄い専業代理店を疲弊させることは、同じではありません。

令和の時代に、なぜExcelなのか

そして、最後にどうしても言いたいことがあります。

2026年です。AIもクラウドもWebフォームも当たり前になっています。それなのに、細かなプルダウンを使った巨大なExcelファイルを配り、代理店に何日もかけて入力させる。そして、そのExcelを保険会社の営業社員が一件ずつ確認する。代理店も大変。保険会社の社員も大変。現場の人間関係にも軋みが生じる。それで本当に、業界全体の品質が上がるのでしょうか。

「自己点検が必要か」ではなく、「なぜ、きっかけとなった不祥事とかけ離れた現場にまで、この重さの方法を一律に課すのか」を問いたいのです。

保険代理店は、Excelの入力業者ではない

保険代理店の本来の仕事は、お客様と向き合うことです。契約内容を説明する。必要な補償を考える。事故が起きれば相談に乗る。お客様の生活や事業が変われば、保険を見直す。そうやって何十年もお客様との信頼関係を築いてきた代理店がたくさんあります。

その代理店に対して、「業界で不祥事がありました。だから、直接の関わりがなくても、あなたたちも何日もかけてこのExcelを完成させてください」では、納得できない人が出てくるのも当然ではないでしょうか。

業務品質を高めることには賛成です。代理店も変わらなければならないでしょう。しかし、変えるべきなのは代理店だけではありません。制度を作る損保協会・評議会の側も、きっかけとなった問題の実態に見合った、現場に合わせた設計に変わる必要があります。

そして、こうした業界の自主規制の枠組みが、結果として現場の疲弊や淘汰につながっていないか。その実態を、監督官庁である金融庁にも把握し、必要な改善を業界に働きかけてもらいたい。それが、現場からの率直な思いです。

2026年の保険業界に必要なのは、代理店を悶絶させる巨大なExcelではなく、真面目に仕事をしている代理店が、本業である「お客様と向き合う仕事」を続けられる仕組みではないでしょうか。

 

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